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「あのコピーは間違っている」鈴木敏夫氏が語る高畑勲さんとの衝突

 今年4月、映画監督の高畑勲さんが亡くなった。プロデューサーとして支えてきたスタジオジブリの鈴木敏夫氏が語る高畑さんの記憶――それは決して美談ではなかった。(#1、#2より続く最終回)

第1回から読む「なぜ高畑勲さんともう映画を作りたくなかったか」

◆ ◆ ◆ 

この作品はいつ完成し、世の中に出せるのか。僕としてはいっさい考えていませんでした。完成したときに公開すればいい。そう腹を括って、予算を含めた態勢を組んでいたんです。間に合う間に合わないですったもんだすることに、ほとほとうんざりしていたということもあるし、高畑さんに気のすむまでやってもらおうという気分もありました。結果的に8年の歳月をかけて、日本映画史上最大の50億円もの予算を費やすことになるわけですが、僕としてはいっさい焦りを見せないようにしていました。

「かぐや姫」と「風立ちぬ」同時公開というアイデア

それでも、完成の目処がついたと報告を受けたときは心が揺らぎました。というのも、西村が言ってきた時期は2013年の夏。『風立ちぬ』と同じタイミングだったんです。そこで僕は「同時公開」というアイデアを思いつきます。師弟にして生涯のライバルでもある2人の巨匠が、『となりのトトロ』『火垂るの墓』以来、25年ぶりに同時公開で火花を散らすとなれば、大きな話題を呼ぶことは間違いありません。個人的にも、同じ日に作品が公開されて、どっちにお客さんが来るのか、作品の評価はどう分かれるのかということに興味がありました。

「あのコピーは間違っている」鈴木敏夫氏が語る高畑勲さんとの衝突
鈴木敏夫氏©文藝春秋

そこで、僕は高畑さんのところへ向かい、計画を説明しました。ところが、高畑さんの返事は芳しくなかった。「そうやって煽って、この作品を公開しようということですか」「そうです。お金もかかってますし、お客さんに来てもらって、回収もしたいですからね」。僕が答えると、高畑さんはそういうことには協力したくないと言いだしました。ある時期から、高畑さんは僕の行う映画宣伝がプロパガンダ的だといって、批判的になっていたんです。

結果的に『かぐや』の進行は再び遅れだして、公開は11月に延びることになりました。それによって同時公開の夢は潰えるわけですが、僕はそれならそれでいいと思ったんです。こうなったら意地と意地のぶつかり合い。どこまでも我慢比べをしてやろうと決めました。

揉めたキャッチコピー

宣伝をめぐっては、キャッチコピーでも揉めることになりました。僕が考えたコピーは「姫の犯した罪と罰。」というものです。高畑さんが最初に書いた企画書にも書いてありましたし、そもそも原作のテーマでもある。それ以外にはないだろうと考えていました。ところが、高畑さんに見せるや、また顔色が変わった。そして不機嫌そうに、「最初にそう考えたのは事実です。でも、そのテーマはやめたんですよ」と言います。

高畑さんは宣伝コピーに対しても、独自の一貫した方針を持っています。「作品について間違ったことを言っていなければそれでいい」というものです。それに照らして言うと、「罪と罰」はやりたかったテーマだけれど、実際にはできなかったことだから、間違ったコピーになるというわけです。

そう言われたらしょうがない。新しいコピー案を作って持っていきました。そちらは間違っていないということで認めてくれたんですが、僕も腹の虫が収まらなかったんでしょうね。「これなら問題がないというのはよく分かりましたけど、関係者に評判がいいのは『罪と罰』のほうなんですよね」と言ってしまったんです。そうしたら、高畑さんは不愉快そうに、「分かりました。もういいです。勝手にやってください」と言いました。

ポスターに怒鳴りまくる

それで「罪と罰」を使って第一弾ポスターを作ることになるんですけど、それをめぐってまた一悶着が起きるんです。ポスターの試し刷りをするにあたって、ひとつは原画に忠実な色、もうひとつは蛍光ピンクを入れてちょっと派手にしたものを作りました。それを持っていくと、派手なほうを見て、高畑さんは怒りだしました。「あなたはこんなふうに作品を売りたいのか!」。高畑さんが怒鳴りまくる中、僕が黙っていると、たまたまその絵を描いた男鹿和雄さんがやってきました。高畑さんとしては我が意を得たりと思ったんでしょう。「男鹿さん、どう思いますか」と聞いた。そのとき一瞬、僕と男鹿さんの目が合いました。すると、男鹿さんは「こっちでいいんじゃないですか」と派手なほうを指さしたんです。高畑さんとしては悔しかったでしょうね。

この問題はさらに尾を引きます。その後、制作がだいぶ進んでから、高畑さんが「あのコピーのおかげで僕は迷惑している」と言ってきたんです。昨今は宣伝コピーといえども、映画を見に来るお客さんの心理に一定の影響を与えている。それを踏まえると、「姫の犯した罪と罰。」というコピーに作品を寄せなければいけない。仕方がないから、台詞を足すことにしたというんです。「そのことは覚えておいてください」と念を押されました。そして、インタビューを受けるたびに、高畑さんは「あのコピーは間違っています」と言い続けました。

つまり、『かぐや姫の物語』という映画は、高畑さんと僕との勝負の場でもあったんです。だから、なかなか冷静に作品を見ることはできません。ただ、完成した映画を見たとき、率直にすごいと思ったのは、かぐや姫をひとりの女性として捉えていたことです。初潮のシーンを含めて、女性というものを完璧に描いてみせた。そんなことができる監督は他にいない。その一点をとっても、本当によくできた映画だと思います。

「高畑さんは僕のことを殺そうとした」

どんな人の人生にも功罪両面があるし、映画監督という仕事をしている以上、いつもいい人でいることはできません。人の人生を変えてしまうこともあるし、ときには恨まれることもある。とくに高畑さんの場合、いい作品を作ることがすべてであって、その他のことにはまったく配慮しない人でした。よくいえば作品至上主義。でも、そのことによって、あまりにも多くの人を壊してきたことも事実です。

『火垂るの墓』の作画監督を務めた近藤喜文もそのひとりでした。最初で最後の監督作となった『耳をすませば』のキャンペーンで仙台を訪れた日の夜、高畑さんのことを話しだしたら、止まらなくなりました。「高畑さんは僕のことを殺そうとした。高畑さんのことを考えると、いまだに体が震える」。そう言って2時間以上、涙を流していました。彼はその後、病気になり、47歳で亡くなってしまいます。火葬場でお骨が焼き上がるのを待つ間、東映動画以来、高畑・宮崎といっしょに仕事をしてきたアニメーターのSさんがこう言ったんですよ。「近ちゃんを殺したのは、パクさんよね」。瞬間、場の空気が凍りつきました。ある間をおいて、高畑さんは静かに首を縦に振りました。

宮崎駿が語った「高畑勲という人」

作品のためなら何でもする。その結果、未来を嘱望された人間を次から次へと潰してしまった。宮さんはよく「高畑さんのスタッフで生き残ったのは、おれひとりだ」と言います。誇張じゃなく、本当にその通りなんですよ。高畑さんの下で仕事をすれば勉強になるとか、そんな生やさしいことじゃないんです。酷使され、消耗し、自分が壊れるのを覚悟しなきゃいけない。

「パクさんは雷神だよ」。宮さんは最近そう言っていました。高畑さんが怒るときはいつも本気なんです。その人を鍛えるため、仕事への姿勢を変えるために言うんじゃない。本気で怒っているから、何の配慮もしません。逃げ道も作らないし、あとで救いの手を出すこともない。だから、怖いですよ。

『火垂るの墓』の製作に携わった新潮社の新田敞さんがいみじくも言っていました。「松本清張や柴田錬三郎、安部公房、いろんな作家と付き合ってきたけど、あんな人はいなかった。高畑さんと比べたら、みんなまともに見える」

僕もいろんな人を見てきましたけど、高畑さんみたいな人は他にいません。高畑さんはスタッフに何かをしてもらっても、感謝したことがありません。いっしょに作品を作っているのだから、監督として感謝するのはおかしいという考え方なんです。論理的なのかもしれないけれど、人間的な感情に欠ける、破綻した考え方ですよね。

「パクさんに映画を作らせようとしたのは鈴木さんひとりだ。誰もそんなことは望んでいなかった」。宮さんにそう言われたこともあります。でも、そういう宮さん自身、『アルプスの少女ハイジ』のとき、仕事をしようとしない高畑さんを毎日家まで迎えに行って作らせているんです。もっと遡るなら、東映動画時代、作画監督の大塚康生さんが、「高畑勲が演出でなければやらない」と言ったことによって、高畑さんの監督デビュー作『太陽の王子ホルスの大冒険』は作られることになりました。

「緊張の糸は、亡くなったいまでもほどけない」

振り返ってみると、高畑さんが自ら本当にやりたいと言って作った作品はありません。それでも、僕自身を含め、まわりに人が集まってきて、高畑さんに作品を作らせてきた。それが高畑さんの才能の故だったのか、僕にはよく分かりません。

そもそも、作家にせよ映画監督にせよ、何かを作って人に見せたいという人は自己顕示欲が強いわけですよね。それは高畑さんの中にもあったと思います。それと同時に、破滅主義で、自己滅却欲にも苛まれていたような気がします。その狭間で揺れ動いたのが、高畑勲という人だったんじゃないでしょうか。

カリスマという言葉がありますけど、強烈な衝撃を与えられて、その人に何かがあると思えば、人はついていくんですよ。いい悪いじゃない。いちどその魔力に捕らえられたら、死ぬまでそこから解き放たれない。いや、死んでも解き放たれない。

だから、僕は高畑さんと40年間付き合ってきて、いちども気を緩めたことがありません。その緊張の糸は、亡くなったいまでもほどけないんです。こんな気持ちってないですよね。美しい言い方をすれば、いまも心の中で生きている、ということになるんでしょう。でも、そういう気持ちじゃないんですよ。成仏してほしいのに、あの世へ行ってくれないんです。この気持ちは何なのか。あの人は何だったのか。僕も宮さんも、その答えが知りたくて、亡くなった日からずっと2人で“通夜”を続けているんです。

じつは、いま宮さんが作っている『君たちはどう生きるか』の中に、高畑勲と思しき人が登場します。この人物を宮さんがどう扱うのか、興味深いです。高畑さんが亡くなったあと、順調だった絵コンテがもう2カ月余ストップしています。そんなわけで、僕はいまだに高畑さんの冥福を祈る気持ちにはなれないんです。第三者には分かりにくいかもしれません。でも、それがいまの正直な心境です。

「ジブリの教科書19かぐや姫の物語」 より転載

(インタビュー・構成柳橋閑)

すずき・としお/1948年名古屋市生まれ。株式会社スタジオジブリ代表取締役プロデューサー。慶應義塾大学卒業後、徳間書店入社。『月刊アニメージュ』編集部を経て、84年『風の谷のナウシカ』を機に映画制作の世界へ。89年よりスタジオジブリ専従。著書に『仕事道楽新版スタジオジブリの現場』『ジブリの哲学』『風に吹かれて』『ジブリの仲間たち』『ジブリの文学』『人生は単なる空騒ぎ言葉の魔法』『禅とジブリ』など。最新刊は『南の国のカンヤダ』。

映画を文庫本で追体験する、文春ジブリ文庫のもうひとつのシリーズ、シネマ・コミックでは未刊のタイトルを加えたBOXを発売決定(12月10日予定)。ただ今、予約受付中。初回限定で、ジブリ名セリフ・名シーン解説集「一語(いちご)一画(いちえ)」をお付けします。

(鈴木敏夫)

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