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「小林麻耶さんは洗脳されていません」映画『SPELL〜呪われたら、終わり〜』の寺西一浩監督が激白

「小林麻耶さんは洗脳されていません」映画『SPELL〜呪われたら、終わり〜』の寺西一浩監督が激白

小林麻耶さんに初めてお会いしたのは2005年。島倉千代子さんが、私が事務所社長時代にTBSの番組『チューボーですよ!』に出演したんですね。その時にアシスタントをされていたのが麻耶さんで、ご挨拶させてもらいました。

【写真】島倉千代子さんから、寺西一浩監督に宛てて送られた手紙

そのご縁もあり、昨年末に出演舞台を観にいったら、演技がとてもうまくて驚いたんです。役のイメージにも合うなと思って、私が監督・脚本を務める映画『SPELL〜呪われたら、終わり〜』に出演をオファーしました。

過去にあった事実無根の報道

その後、映画の打ち合わせで國光吟さんも交え、何度もおふたりにお会いしてますけど、すごく親切でひたむき。作品作りに真剣に取り組んでくれて、麻耶さんを献身的にサポートされている吟さんは誠実な方だと私は思います。

とても報道にあるような洗脳状態とは思えません。これは私の周りのスタッフや映画で共演する俳優の大村崑さんも、みんなそう言ってますし、監督として出演者を守るのは私の責任でもあると思ってます。

週刊誌の記事で麻耶さんが記者の質問に筆談で答えたという報道がありましたよね?あれは私の経験上、直接記者と会って話した方がいいですよ、と私がホテルでセッティングしました。

快く麻耶さんと吟さんは来てくれたのですが、取材早々、締め切りが迫ってて時間がないと焦る記者が、「お仕事がすべてなくなった、今の心境は?」と麻耶さんに失礼な質問をしたんです。辛かった思いが一気にこみ上げたのでしょう、それを聞いた麻耶さんは泣いてしまいました。麻耶さんは、それからしばらく言葉にならなかったのでコメントを書いて記者に見せた、そして吟さんが対応しただけ、それが真相です

私自身、2008年に週刊誌に捏造記事を掲載されたことがあります。私は2002年、大学生の時に『ありがとう眞紀子さん』というエッセイを出版しました。政治家の田中眞紀子さんには祖父を通じてお世話になって、幼い頃に父と母が離婚した私にとっては東京のお母さんのような存在だったと本にも書きました。

受験の時にはお守りを贈って下さったり。ところが、当時一部の週刊誌には、私が眞紀子さんの隠し子だと言って人を騙して仕事をしている、と事実無根の内容が掲載されました。それで弁護士に相談し裁判を起こしたんです。

裁判では誰が陳述書を出してくるか、裏で糸を引く真犯人をあぶり出すことが最大の目的でした。そこで浮かび上がったのが、バラエティ番組などに“社交界のプリンス”と自称して出演していた熊谷裕樹(別名:東裕樹)という男でした。

元々熊谷とは2006年頃に、あるパーティで出会い「力を貸してください」と言われたので人を紹介したり、当時彼が南青山でやっていたサロンの家賃が支払えなくなると泣きつかれ助けたこともありました。それなのに陰では私に対する誹謗中傷を繰り返していたんです。

吟さんの存在が麻耶さんを助けた

私が学歴詐称をしているとか、島倉千代子さんの事務所の社長をやっていないとか……。そういうわけで裁判所に卒業証書を提出し、事務所の社長を証明する取締役会議事録や履歴事項全部証明書、島倉さんからの手紙、当時、島倉さんの事務所の9,000万円の借金を私が連帯保証していたので債務保証契約証書の証拠をすべて出し、私の主張が認められたんです。(※証拠書類に関しては編集部がすべて確認済みです)

熊谷はほかにもアイドルの男の子たちに対してひどい仕打ちをしていて、当時の熊谷のマネージャーだったT氏がある日突然私を訪ねて来ました。「寺西さんがされたひどい仕打ちを、今度は私や罪もない未成年の男の子たちがされています。助けて下さい」と私が誹謗中傷されていた当時の証拠や録音、録画データをすべて持ってきました。

相談を受けた私は弁護士を紹介し、すぐに警察に行くように言ったんです。そして2017年、熊谷は15歳の少年に対するわいせつな行為などで逮捕されました。私は記事を捏造し流布させ、たくさんの人に心の傷を負わせたこの男を死ぬまで許しません。

こう振り返ってみると、私自身もいろんな逆境に置かれました。普通なら、あそこまで結託して捏造記事を作られ袋叩きにあったら自殺していてもおかしくないと今振り返って思います。しかし、不思議なことに当時何を言われても、妨害されても屁とも思わなかったし、大勢に影響がなかった。

嘘は嘘でしかないから。応援して下さる方々が私の周りにはたくさんいて励まして下さったから乗り越えられたんです。吟さんの存在が麻耶さんを助けたようにね。自分が正しいことをしているという信念を持っていれば、必ず道は開けると信じています。

そうした信念のもと、最近は朝6時に起床してミステリー小説を書きつつ、私に監督になるきっかけを与えてくれた香港のサム・レオン監督からの「規模の大きい小さいは気にせずに、毎年一本は映画を撮りなさい」とのアドバイス通り、映画の製作に携わる毎日を送っています。何かを表現して人に届けたい気持ちと、自身の好奇心がそうした創作活動のモチベーションになっている気がします。

寺西一浩慶應義塾大学法学部卒業、一般社団法人日本推理作家協会会員。2002年『ありがとう眞紀子さん』で文壇デビュー。その後自身の小説『女優』(講談社)の映画化で監督デビューし、第15回上海国際映画祭正式招待作品に選出される。ほかにも監督・脚本・製作総指揮として『東京ボーイズコレクション〜エピソード1〜』が第14回モナコ国際映画祭最優秀グランプリを受賞。『TOKYO24』『17歳のシンデレラ』などの作品を手がけ、映画祭などで多数の受賞を果たす。連続テレビドラマ『寺西一浩ドラマ〜人生いろいろ〜』(MX)で作・演出を手がける

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