芸能ニュースなどの芸能情報から掲示板で雑談!

芸能速報チャンネル ごしっぷる

「密室芸人」「夜のイメージしかない」「主婦にウケない」散々な評判のタモリ(78)が『笑っていいとも!』司会者に抜擢された“納得の理由”

『笑っていいとも!』が放送終了を迎えてちょうど10年目を迎える。なぜ長寿番組として人気を集め、今も熱烈なファンがいるのだろうか。ここでは『「笑っていいとも!」とその時代』(集英社新書)より一部抜粋。フジテレビの横澤彪プロデューサーが、当時“夜の番組にしか出れないアヤしげな密室芸人”としてカルト的な人気を集めていたタモリを抜擢し『笑っていいとも!』を立ち上げるまでを辿る。(全3回の1回目/#2、#3を読む)

【画像】「密室芸人」「夜のイメージしかない」「主婦にウケない」散々な評判だったタモリ

「密室芸人」「夜のイメージしかない」「主婦にウケない」散々な評判のタモリ(78)が『笑っていいとも!』司会者に抜擢された“納得の理由”
©文藝春秋

◇◇◇

「知性の欠如への不満」が『いいとも!』スタートの理由だった

元々フジテレビには、昼の生放送による帯バラエティ番組の伝統があった。たとえば1960年代には、前田武彦やコント55号が出演した『お昼のゴールデンショー』(1968年放送開始)が人気だった。

この番組は、東京・有楽町にあった東京ヴィデオ・ホールからの生放送。前田武彦は放送作家出身で、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系、1968年放送開始)の司会などで活躍した人気タレント。萩本欽一と坂上二郎がコンビを組むコント55号は当時売り出し中で、この番組でもコントを披露し、さらに人気を加速させていった。

そして1980年代に入ると、B&B、ツービートら漫才ブームの人気者たちが出演する『笑ってる場合ですよ!』(1980年放送開始)が始まった。

基本になるフォーマットは、後の『いいとも!』と同じ。開業したばかりの新宿スタジオアルタから、月曜から金曜までの生放送。総合司会はB&Bで、各曜日のレギュラーにツービートや島田紳助・松本竜介、さらに落語家の春風亭小朝、明石家さんまなどが起用された。いわば、旬の人気若手芸人総出演という趣があり、その点でも『いいとも!』の原点となった番組である。

ただ、この番組でもプロデューサーを務めた横澤彪は、あるときから不満を抱くようになっていた。その理由は、「知性の欠如」だった。

知的笑いを担ってくれる肝心の人材は、「タモリしかいない」

『笑ってる場合ですよ!』もスタジオアルタからの生放送ということで、観客が入っていた。しかも、出演者の多くがいまを時めく漫才ブームの若手人気芸人ということもあって、観客も若いファンが多かった。その結果、ファン心理も手伝って、スタッフや出演者が意図したところで笑うのではなく、ただ滑って転ぶだけでウケるような初歩的な笑いしか生まれなくなっていたのである。

その状況は、「笑いというのはパロディーにしろナンセンスにしろ基本は凄く知的なもの」と考える横澤にとって、受け入れがたいものだった。そこで横澤は、新番組を立ち上げてもう一度知性を感じられるバラエティ番組をつくろうと決心することになる。そしてそうした知的笑いを担ってくれる肝心の人材は、「タモリしかいないんじゃないか」と横澤は考えるようになっていた。

だが、タモリに対し、夜な夜なスナックで仲間内だけの怪しい宴うたげを繰り広げる「密室芸人」のイメージしか持たない周囲からは、「夜のイメージが強い」「客前で出来ない」「アドリブがきかない」「主婦には受けない」など否定的な意見が多かった。だがそれでも、知的笑いにこだわる横澤は、それらの反対を押し切った。

“正体不明の風貌のタモリ”を大改造

もちろん横澤をはじめ番組スタッフも手をこまねいていたわけではなく、タモリが「昼の顔」になれるよういろいろと工夫をした。

事前に横澤は、タモリがメインの夜11時台の深夜バラエティ『今夜は最高!』のチーフ・プロデューサーである中村公一に電話をしている。横澤の話を聞いた中村は、夜の顔のタモリは出さないように頼んだ。それを受けた横澤は、番組のサブタイトルにわざわざ「森田一義アワー」とつけて「昼の顔」を強調した。

また、番組開始当初、誰もが驚いたのが、タモリの髪型と身なりだっただろう。「密室芸人」タモリのビジュアルと言えば、髪を真ん中から分けてべったりと撫でつけ、ティアドロップ型の黒のレイバンのサングラスという正体不明の風貌がお馴染みだった。そしてその見た目が、数々の密室芸の怪しさを増幅させてもいた。

ところが、『いいとも!』が始まったとき、タモリのビジュアルは一変していた。サングラスはそのままだったものの、色は薄めでティアドロップ型とは異なるちょっとおしゃれなかたちのもの。そして髪型はセンター分けではなく七三分けに。そして服装は、エンブレムのついた紺のジャケット、折り目のついたグレーのスラックスにネクタイを締めてる。いわゆるアイビールックである。もちろん、こうした爽やかさを強調したファッションも、「昼の顔」を演出する一環だった。

ただしそれは、ある意味上辺のこと。横澤彪が狙ったのは、昼間の主な視聴者層とされる主婦層に支持されるような無難な笑いではなく、あくまで知的な笑いだった。

アルタの観客は「18歳未満禁止」でいきたい

たとえば、横澤は、当時タモリに「ここ(引用者注:新宿スタジオアルタのこと)の現象だけで笑う客をあてにしてるとギャグが言えなくなるから、テレビ観てる人が何万倍って多いんだから」と言っていたという。「観客」ではなく、「視聴者」を相手にせよ、と助言したわけである。横澤は、高学歴化が進む世の中で、視聴者のレベルはきわめて高く、演者の感覚さえ上回っていると考えていた。

そう感じていたのは、タモリも同様だった。最初タモリは、アルタの観客は「18歳未満禁止」でいきたいと考えていた。それは実現しなかったが、始まって1か月ほど経った頃の「話題の盛り上がり方が、主婦のペースではない」ことに気づき、「いけるな」と思うようになった。つまり、主婦ではない視聴者層、たとえば昼休みのあいだに職場や食堂で見ているサラリーマン、自室で見ている大学生のような視聴者からの反応が、『いいとも!』を支えたのである。

こうして、外見は世間の“良識”を代表するようなもので主婦層から反発を受けないようにカモフラージュしつつ、「密室芸人」タモリは、なんでもないような素振りで「昼の顔」に収まることに成功したのである。

タモリは「人間嫌い」だった?

しかし、そもそも笑いにおいて知的であるとはどういうことだろうか?知識や教養がある、言い回しが洗練されている、など答えかたはさまざまだろうが、タモリに関して言えば、それは人並外れて鋭い観察眼ということかもしれない。彼一流のパロディであれ物真似であれ、その土台にあるのは、あらゆるひとや物事を徹底して観察する力、そこから生まれる独自の発想だろうと思えるからだ。

それで思い出すのは、横澤彪の「人間嫌い」というタモリ評である。

横澤がそう思うようになったのは、タモリが撮影した写真展に行った際、「どの写真も暗いトーンで貫かれていて、人間が一人も被写体に選ばれていなかった」ことだった。人間が好きでその一挙手一投足に興味津々ならば、人間を撮るだろう。ところが、タモリは、人間をいっさい撮っていなかった。そこに横澤彪は、タモリという人物の本質を見たように思ったわけである。

実際、「自分の方へ近寄ってくる人間を無下に退けはしないかわりに、手放しで愛想よく受け容れることもほとんどない。さめた目で相手を見つめている。つねに一線をへだてて応対し、冷静に観察しているといった風である」と、横澤はタモリを評する。言い換えれば、タモリは、きわめてフラット、いわばスーパーフラットに他人と接している。そして、その相手をじっと観察している。

番組の長寿の要因になったタモリの司会術

ただ、それは単に、相手を突き放し、遠ざけようとしているわけではない。本当の「人間嫌い」ならば、夜な夜な新宿のスナックで気の置けない仲間と遊び続けることはなかっただろう。タモリが他人と距離を取るのは、あくまで観察にとって必要なものだからである。観察と言うと無感情のようにも聞こえるが、そうではない。タモリにとって観察は、このうえない歓び、快楽に直結している。楽しいから観察する。それがタモリのなかに一貫する考えかただろう。

そしてそれは、『いいとも!』におけるタモリの例の不思議な立ち位置にも通じるように思える。『いいとも!』での自己主張しない司会は、他の出演者、そして観客を観察しているタモリが傍目にはそう映ったにすぎない。司会を放棄しているのではなく、そういうスタイルでタモリは司会をしているのだ。その独特の、だがそれこそが番組の長寿の要因になったと思える司会術が見える場面については、本書でもこの後ところどころでふれることになるだろう。

いずれにしても、こうして1982年10月4日、『森田一義アワー笑っていいとも!』は始まった。だが番組は、最初から順風満帆だったわけではない。番組が軌道に乗るにはいくつかのきっかけが必要だった。そのあたりについて、これから順を追って述べることにしたい。

〈中居正広のMC、香取慎吾の自虐ネタ、草磲剛のくつろぐ姿…SMAPの3人が『笑っていいとも!』でタモリ(78)から学んだこと〉へ続く

(太田省一/Webオリジナル(外部転載))

「密室芸人」「夜のイメージしかない」「主婦にウケない」散々な評判のタモリ(78)が『笑っていいとも!』司会者に抜擢された“納得の理由” /img/cmn/btn_share_x.svg /img/cmn/btn_share_fb.svg リンクをコピーする みんなの感想は? 外部サイト 【続きを読む】香取慎吾の自虐ネタ、草?剛のくつろぐ姿、中居正広のMC…SMAPの3人が『笑っていいとも!』でタモリ(78)から学んだこと 【もっと読む】「タモリさんの前では緊張しない」「一度も怒られたことがない」なぜタモリ(78)は多くの芸人たちから慕われ続けるのか? 【画像】「密室芸人」「夜のイメージしかない」「主婦にウケない」散々な評判だったタモリ

この芸能ニュースに関連する芸能人

  • +お気に入り登録

関連芸能ニュース

元なでしこ・丸山桂里奈「引退のグッズができて」引退理由にスタジオ悲鳴

元なでしこ・丸山桂里奈「引退のグッズができて」引退理由にスタジオ悲鳴

元なでしこジャパンでタレントの丸山桂里奈(41)が30日放送の日本テレビ系「踊る!さんま御殿!!」(火曜午後8時)に出演。「大人なのによく怒られちゃう有名人それでもめげずに頑張るぞSP」に登場し、引退までの経過を明かした。 「最初に引退するっていうきっかけになったのが、ツイッター(現X)で『今年が...
人の手料理に「文句を言うのは『違う』と思う」「まず感謝」 テニプリ声優の言葉に反響「本当に心に刺さる」

人の手料理に「文句を言うのは『違う』と思う」「まず感謝」 テニプリ声優の言葉に反響「本当に心に刺さる」

アニメ「テニスの王子様」跡部景吾役などで知られる人気声優・諏訪部順一さんが2024年4月30日、「家族や恋人や友人が作ってくれた食事に文句を言うのは『違う』と思う」とXで持論を述べた。 投稿は、「諏訪部さんのこういう考え方本当に素敵」などと反響を呼んでいる。 「『作ってくれた』というだけでまず感...
「踊る大捜査線」新作映画は2部作、最新映像で室井慎次の“今”が明らかに「無職です」

「踊る大捜査線」新作映画は2部作、最新映像で室井慎次の“今”が明らかに「無職です」

3月18日に再始動が発表された「踊る大捜査線」。映画『踊る大捜査線THEFINAL新たなる希望』(2012年)以来、12年ぶりに製作される新作映画は、二部作。各タイトルと公開日は、『室井慎次敗れざる者』が10月11日公開、『室井慎次生き続ける者』が11月15日公開に決定した。本日は、最新映像が解禁となった。 【...
「ガキ使」浜田雅功「俺と一緒で相方がいない」有名芸人が現る まさかのポンコツ逆噴射に番組騒然 浜田「話になれへん」

「ガキ使」浜田雅功「俺と一緒で相方がいない」有名芸人が現る まさかのポンコツ逆噴射に番組騒然 浜田「話になれへん」

28日放送の日本テレビ「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」では企画「脳をフル回転!なんやったっけ?部」が行われ、ガキ使チームVSドリームチームが対決した。 冒頭で浜田雅功がガキ使メンバーを集め、相手チームを「対戦相手、いまから出てくるけどガラクタ」と一刀両断。「問題児が約2名ほど、...

コメント(0)

名前
コメント
※必須
http://scoopire.net